2012年10月31日水曜日

書評 平野啓一郎『ドーン』(講談社文庫)

 タイトルの「ドーン」とは、小説中の有人火星探査プロジェクトの名称。そのプロジェクトに参加した日本人宇宙飛行士の佐野明日人が主人公である。

 2030年代という近未来が舞台。火星探査中に宇宙船内で起こった事件の謎、アメリカ大統領選、アメリカ軍が極秘に開発した新種マラリアに関する情報戦などが絡み合い、下手なミステリー顔負けのドキドキ感を堪能できる。
 それが縦糸とするなら、横糸は「分人(ディヴィジュアル、dividual)」という概念だ。英語で個人のことを「individual」というが、小説中では,個人はindividual(分けられないもの)ではなく、さまざまな分人(dividual;分けられるもの)を使い分けて生活している。
 今でも「キャラを使い分ける」という言い方があるように「学校や会社での自分」「家庭での自分」「恋人といるときの自分」などを意識的に、あるいは無意識に使い分けているが、それがもっと進んだかたちと言えばよいだろう。それぞれの分人にはそれぞれの歴史があり、ときには分人ごとに顔まで使い分けたりする。

 そういう舞台を設定しておいて「個人とは何なのか」が追求される。個人は分人に分割できるのか、それとも自分はやはり自分であって、分割できないものなのか。
 主人公の明日人は火星探査の後遺症のため精神に異常をきたしてしまう。その明日人が最後に選んだ結論とは。

 以上のようにテーマは重いが、かといって読みにくくはなく、グイグイとストーリーに入り込んでいける。平野氏の作品はデビュー作の『日蝕』を読んで以来だが、(偉そうな言い方だけど)ずいぶんとこなれてきた印象だ。肩の力が抜けてきたとでも言ったらよいのだろうか。

 なお、平野氏の「分人」という発想は本書に特有のものではなく『決壊』『ドーン』『かたちだけの愛』という三部作になっているそうだ。また今年の9月に『私とは何か ―「個人」から「分人」へ―』という新書が刊行されている。おそらく、平野氏の「分人観」が小説ではなく新書というかたちで書かれているのだろう。是非読んでみたい。




にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

0 件のコメント:

コメントを投稿

【読書メモ】東野圭吾『あなたが誰かを殺した』(講談社)

 加賀刑事シリーズ、最新第12作。娘が学校の図書館で借りてきてくれたので、文庫化前に読むことができた。  このところ、加賀の人生に絡んだ話が多かったが、シリーズの原点回帰。加賀は探偵役に徹して事件を推理する。いかにもミステリーなミステリー小説だ。  別荘地で起きた連続殺人事...